2025.08.12

カスタマーサクセスのメリットとは?解約率を下げ、上司を説得する導入法まで解説

「顧客の解約率がなかなか下がらない…」
「カスタマーサクセスを導入したいけど、上司をどう説得すればいいんだろう?」

サービスの継続利用が売上の要となる現代において、カスタマーサクセスの重要性は誰もが認識しています。しかし、その必要性を頭では理解していても、「具体的にどんなメリットがあるのか」「投資に見合う効果をどう説明すれば良いのか」という壁にぶつかり、導入に踏み切れない担当者の方は少なくありません。

」表面的なメリットを並べるだけでは、コスト意識の強い経営層を納得させることは難しいのが現実です。

本記事では、以下のような課題を解決します:

  • カスタマーサクセスがもたらす企業と顧客双方への具体的なメリットの理解
  • 上司や経営層を納得させるための、費用対効果(ROI)の具体的な示し方
  • リソースが限られていても失敗しない、現実的なカスタマーサクセスの始め方
  • なぜ今、カスタマーサクセスが事業成長に不可欠なのかという論理的な背景の把握
  • 自信を持って社内でカスタマーサクセスを推進するための、具体的なアクションプランの獲得

この記事では上記のような課題を持っている方に向けて、カスタマーサクセスの本質的なメリットから、上司を説得するための具体的なROI算出法、そして失敗しないための現実的な導入ステップまでを網羅的に解説します。

カスタマーサクセスがもたらす本当のメリットとは?

カスタマーサクセスがもたらすメリットは、単に「顧客満足度が上がること」ではありません。それは、企業の収益に直接貢献し、顧客にとってはサービスの価値を最大限に引き出す、双方にとってWin-Winの関係を築くための戦略的な活動です。

ここでは、企業側と顧客側、それぞれの視点からカスタマーサクセスのメリットを掘り下げていきます。

【企業側】LTV最大化と安定収益を実現する3つのメリット

企業にとって、カスタマーサクセスは持続的な成長を実現するためのエンジンとなります。主なメリットは以下の3つです。

  • 解約率(チャーンレート)の低下とLTVの向上
    顧客が製品・サービスを使いこなし、成功体験を得ることで、サービスへの満足度と愛着が高まります。結果として解約率が大幅に低下し、顧客一人ひとりが長期的に企業にもたらす利益、すなわちLTV(顧客生涯価値)の最大化に繋がります。ある調査では、顧客維持率を5%改善するだけで、利益が25%以上も増加する可能性があると示されています。
  • アップセル・クロスセルの機会創出
    顧客との継続的なコミュニケーションを通じて、新たなニーズや課題をいち早く察知できます。これにより、より上位のプランへのアップグレード(アップセル)や、関連サービスの追加契約(クロスセル)を自然な形で提案でき、顧客単価の向上に貢献します。
  • ポジティブな口コミとブランド価値の向上
    サービスに満足し、成功を実感した顧客は、自社の熱心なファンになります。彼らが発信するポジティブな口コミや導入事例は、何よりも信頼性の高いマーケティングとなり、新たな顧客を呼び込む好循環を生み出します。

【顧客側】サービスの価値を最大限に引き出す本質的なメリット

一方で、顧客にとってのカスタマーサクセスのメリットは、購入した製品・サービスを「宝の持ち腐れ」にせず、その価値を100%引き出せることにあります。能動的なサポートを受けることで、顧客はより早く、より確実に自身の目的(ビジネスの成功)を達成できます。

これは、単なる問題解決を超えた「成功体験」そのものであり、顧客がそのサービスを使い続ける強力な動機となります。

カスタマーサポートとの決定的な違いは「能動性」

ここで、混同されがちなカスタマーサポートとの違いを明確にしておきましょう。両者の違いは、そのスタンスにあります。

  • カスタマーサポート(受動的):顧客からの問い合わせやクレームに対し、問題を解決する「守り」の役割。
  • カスタマーサクセス(能動的):問題が発生する前に、顧客が成功できるよう先回りして働きかける「攻め」の役割。

カスタマーサポートが火消し役なら、カスタマーサクセスは顧客と共に未来の成功地図を描くナビゲーターと言えるでしょう。

なぜ今、カスタマーサクセスが重要視されるのか?3つの市場背景

「なぜ、これほどまでにカスタマーサクセスが叫ばれるようになったのか?」その背景には、無視できない3つの大きな市場の変化があります。これは単なる流行ではなく、ビジネスにおける構造的な変化なのです。

1. ビジネスモデルの変化:サブスクリプションの台頭

かつての「売り切り型」ビジネスとは異なり、SaaSに代表されるサブスクリプションモデルでは、契約後の顧客満足度が企業の生命線を握ります。

日本のサブスクリプションサービス市場はすでに1兆円を突破し、多くの企業にとって「いかに継続してもらうか」が最重要課題となりました。顧客が価値を感じなければ即座に解約されてしまうこのモデルにおいて、顧客を成功に導き、長期的な関係を築くカスタマーサクセスは不可欠な存在です。

2. 新規顧客の獲得コスト(CAC)の高騰

近年、デジタル広告市場の競争激化や、AppleのATT(App Tracking Transparency)に代表されるプライバシー保護規制の強化により、新規顧客の獲得コスト(CAC)は一貫して上昇傾向にあります。

ある調査では、CACが過去5年で60%近くも上昇したというデータもあります。新しい顧客を獲得するよりも、既存の顧客を維持する方がはるかにコスト効率が良いのです。この事実が、既存顧客の解約を防ぎ、LTVを高めるカスタマーサクセスの重要性を一層際立たせています。

3. 市場のコモディティ化による競争激化

多くの市場で技術が成熟し、製品やサービスの機能だけで他社と差別化を図ることが困難になっています。このような「コモディティ化」が進む中で、顧客が最終的に選択の決め手とするのは「顧客体験(CX)」です。

自社を深く理解し、成功のために伴走してくれる存在がいるかどうか。この体験価値そのものが、他社には真似できない強力な競争優位性となるのです。

顧客維持率と利益の驚くべき関係

ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授フレデリック・ライクヘルド氏(Bain & Companyフェロー)の研究によると、「顧客維持率を5%改善すれば、利益が25%〜95%改善される」という法則が示されています。これは「1:5の法則(新規顧客獲得は既存顧客維持の5倍のコストがかかる)」と共に、カスタマーサクセスの投資対効果を説明する上で非常に強力なデータです。解約を1件防ぐことが、どれだけ大きな利益インパクトを持つかを具体的に示してくれます。

【上司の説得に使える】カスタマーサクセスの費用対効果(ROI)を示す方法

「メリットは分かった。でも、それでいくら儲かるの?」これは、あなたが上司や経営層から必ず受ける質問です。この問いに明確に答えることが、予算獲得への最大の鍵となります。ここでは、カスタマーサクセスの費用対効果(ROI)を具体的に示すための実践的な方法を解説します。

基本的なROIの計算式とカスタマーサクセスでの考え方

ROI(投資対効果)の基本的な計算式は非常にシンプルです。

ROI (%) = (利益 – 投資額) ÷ 投資額 × 100

これをカスタマーサクセスに当てはめて考えてみましょう。

  • 利益:カスタマーサクセス活動によって得られた金額。具体的には、「解約率低下によって防げた損失額」「アップセル・クロスセルによる売上増加額」「サポートコストの削減額」などが含まれます。
  • 投資額:カスタマーサクセス活動にかかったコスト。具体的には、「担当者の人件費」「導入したツールの費用」「研修コスト」などが該当します。

例えば、「月10万円の解約が2件減り(+20万円)、月5万円のアップセルが1件生まれた(+5万円)。投資は担当者の工数10万円分だった」場合、利益は25万円、投資額は10万円となり、ROIは「(25-10)÷10×100 = 150%」と算出できます。このように具体的な数字で示すことが、説得力を生む第一歩です。

まずは測定しやすいKPIから効果を可視化する

いきなり「LTVの向上」といった長期的な指標でROIを算出しようとすると、話が複雑になりがちです。そこで重要なのが、スモールスタートで短期的に測定可能なKPI(重要業績評価指標)から効果を示すことです。

例えば、以下のようなKPIから始めてみましょう。

  • オンボーディング完了率の向上:顧客が初期設定を完了する割合が上がれば、将来の定着率向上に繋がることを示せます。
  • 特定機能の利用率(アクティベーション率)の向上:顧客がサービスのコア価値を体験している証拠となります。
  • サポートへの問い合わせ件数の削減:顧客が自己解決できるようになったことで、サポート部門の工数削減(コスト削減)に繋がったことを示せます。

これらの短期的な成果を積み重ねることで、「カスタマーサクセスは確実に成果を出せる」という信頼を社内で醸成し、より大きな投資への道筋を作ることができます。

失敗しないカスタマーサクセスの始め方|3つの現実的なステップ

「よし、始めよう!」と思っても、何から手をつければ良いか分からず、結局立ち消えになってしまうケースは少なくありません。ここでは、リソースが限られていても実践できる、現実的な3つのステップを紹介します。

導入前チェック:よくある3つの失敗パターン

まずは、先人たちが陥った典型的な失敗パターンを知り、同じ轍を踏まないようにしましょう。

  1. 目的の曖昧化:「とりあえず重要だから」と目的が曖昧なままスタートし、活動が単なる御用聞きになってしまう。
  2. KPIの未設定:何をゴールとするか決めていないため、活動の成果を誰も評価できず、チームの士気が下がり、予算もつかない。
  3. 他部門との断絶:カスタマーサクセス部門が孤立し、顧客から得た貴重な情報が営業や開発に共有されず、製品・サービスの改善に繋がらない。

これらの失敗を避けるためにも、次の3つのステップが重要になります。

ステップ1:自社にとっての「顧客の成功」を定義する

最も重要な最初のステップは、「あなたの会社にとって、顧客の成功とはどのような状態か?」を具体的に定義することです。これは、業種やサービスによって全く異なります。

  • 例(SaaSツールの場合):「主要機能である〇〇を、週に1回以上利用している状態」
  • 例(コンサルティングの場合):「提案した施策によって、顧客のWebサイト経由の問い合わせが前月比10%増加した状態」

この「成功の定義」が、チーム全員が目指す北極星となります。まずは関係者で集まり、「お客様がこのサービスに最も価値を感じるのはどんな瞬間か?」を議論することから始めましょう。

ステップ2:オンボーディングの改善からスモールスタートする

完璧な体制を待つ必要はありません。最も効果が出やすく、すぐに着手できるのがオンボーディング期間(導入初期)の改善です。顧客が最初に価値を感じ、使い方を覚えるこの期間の体験が、その後の継続率を大きく左右します。

高価なツールがなくても、以下のようなことから始められます。

  • よくある質問(FAQ)を整備・拡充する
  • 初期設定を案内するチュートリアル動画を作成する
  • 契約後の顧客に、使い方を案内するメールを数回に分けて送る(ステップメール)

まずはこの期間に集中して改善を行い、「オンボーディング完了率が〇%向上した」という小さな成功体験を積むことが大切です。

ステップ3:営業や開発と顧客情報を共有する仕組みを作る

カスタマーサクセスは、一部門で完結するものではありません。顧客から得た「声」は、事業全体にとっての宝です。最初から複雑なシステムを導入する必要はありません。GoogleスプレッドシートやSlackなどのチャットツールで十分です。

  • 顧客からの要望やフィードバックを記録する共有スプレッドシートを作成する
  • 「#顧客の声」のような専用チャンネルをチャットツールに作り、気軽に投稿できるルールを設ける

このような簡単な仕組みを作るだけで、開発チームは次の機能改善のヒントを得られ、営業チームは既存顧客への提案の精度を高めることができます。部門間の連携が、カスタマーサクセスの効果を何倍にも増幅させるのです。

SaaS業界のチャーンレート・ベンチマーク

自社の解約率が高いのか低いのか、気になりますよね。業界や顧客層によって大きく異なりますが、一つの目安として、サブスクリプション分析ツールを提供するRecurly社の調査(2023年)によると、SaaS業界における月次チャーンレート(解約率)の中央値は4.79%とされています。

また、アップセルなどを含めた売上の増減を示す正味収益維持率(NRR)は、100%を超えていることが良好な状態とされ、優良企業では120%を超えることも珍しくありません。これらの数値を参考に、自社の立ち位置を確認し、現実的な目標設定に役立てましょう。

まとめ:顧客の成功が、あなたの事業を次のステージへ導く

本記事では、カスタマーサクセスの本質的なメリットから、導入の必要性、そして上司を説得するための具体的なROIの示し方や、現実的な始め方までを解説しました。

改めて強調したいのは、カスタマーサクセスはコストセンターではなく、未来の売上を創出する「攻めの投資」であるということです。市場の変化により、もはや「顧客を成功させること」なしに、企業の持続的な成長はあり得ません。

完璧な計画や体制を待つ必要はありません。この記事で紹介したように、まずは自社にとっての「顧客の成功」とは何かを定義し、オンボーディングの改善といった小さな一歩から始めてみてください。その小さな成功の積み重ねが、やがて社内の大きな信頼を勝ち取り、あなたの事業を次のステージへと導く原動力となるはずです。